日本経済はこれからどうなるのか。モルガン銀行(現・JPモルガン・チェース銀行)元日本代表の藤巻健史さんは「日銀の黒田東彦総裁の後任に、経済学者の植田和男・元日銀審議委員が就任する見込みになった。だが、誰が総裁になっても『日本円の紙くず化』は避けられない」という――。
日銀総裁を誰も引き受けようとしなかった
2月10日、次期日銀総裁に植田和男・元日銀審議員を起用する、というニュースが飛び込んできた。14日には正副総裁の人事案が国会に提示された。総裁候補は植田氏、副総裁候補は氷見野良三前金融庁長官、内田眞一日銀理事だ。
このニュースで私が最も注目するポイントは、日銀マン、元日銀マン全員が次期総裁職を固辞したことだ。このことから日銀財務の悲惨さが垣間見える。
昔から日銀総裁は財務省と日銀が交代で就任する慣行があり、今回は日銀マンの番だった。しかも総裁職は日銀マンにとって「垂涎の的」であるはずだ。
しかし、日銀マン、元日銀マンは誰一人として職を受けなかった。
下馬評で最有力とされた雨宮正佳副総裁も、元副総裁の中曽宏氏も、そして山口広秀元副総裁も総裁とならなかった。女性副総裁候補No.1と言われていた元日銀マンの翁百合氏も副総裁に就任しなかった。
日銀マンや元日銀マンは、就任を依頼されても、皆、逃げ切った。さらには、かつては日銀と総裁職を強烈に取り合った財務省OBさえも受けなかった。
私自身は、日銀な悲惨な現状を鑑み、雨宮副総裁も中曽前副総裁も次期総裁職を引き受けないだろうと予想し、SNSで発信してきた。そして日銀マンが全員固辞することで日銀の窮状が理解できるだろう、と説いてきた。それが現実になってしまった。
新総裁は「火中の時限爆弾」を拾う仕事が待っている
そりゃ、そうだろう。
次期日銀総裁には「火中の栗」を拾うどころか「火中の時限爆弾」を拾うような仕事が待っているからだ。次期日銀総裁は、72年の私の人生で見てきた中で、最も過酷な公職になっている。
黒田日銀は、お金を市場に大量に流し込み、史上稀なる強烈な量的緩和を続けてきた。そのために国債の爆買いを続けて、長期国債の金利をコントロールしようとし、挙げ句の果てに株価を買い支えアベノミクスを支えた。それによって日銀の財務は急速に悪化した。
長期国債を大量に保有しているため、金利が少しでも上がれば(=国債価格の下落)、日銀は巨額な含み損を抱える。中央銀行の信用にかかわる異常事態だ。中央銀行が信用を失えばどうなるか。通貨の信用が失われる、すなわち日本円の紙くず化という最悪の事態も考えられる。
日銀とは、一般国民には遠い存在だ。国民が預金をすることはできず、日銀に直接かかわることはほぼない。それがゆえに、今の日銀が、いかに悲惨な状況なのかを理解しにくいと思う。
しかし日銀マンにはわかる。内部に入ればいるほど悲惨さがわかるはずだ。だから総裁職から逃げ、誰も引き受けようとしなかった。それだけ日銀は黒田総裁の「異次元の金融緩和」で後には引けないところまで来てしまった。
本命候補の雨宮副総裁も逃げ切った
今年1月、ある日銀OBの知人は「雨宮副総裁は、責任を取って受けざるを得ないだろう。ただし、白装束を着て切腹覚悟で」と話していた。
だから私は、日経新聞電子版の「日銀次期総裁、雨宮副総裁に打診 政府・与党が最終調整」の誤報(?)(2023年2月6日配信)を読んだ時、「新聞辞令か、これで雨宮氏は外堀どころか内堀まで埋められてしまったな。切腹覚悟の白装束で総裁を受けざるを得ない、かわいそうに」と思ったものだ。
しかし結局、雨宮氏も逃げ切った。賢明な判断だ。かつ将来の日本のためにもなる。彼は黒田氏に同調した戦犯ではあるものの、日銀に取って代わる新中央銀行が必要になった時に、その運営に関与してもらわねばならないからだ。
中央銀行の運営は素人ができるものではない。金融に対する深い知識と中央銀行マンとしての実務経験が必要不可欠だからだ。
なぜポスト黒田を引き受けたのか
さて、そこで植田氏である。なぜ彼はそんな日銀総裁職を引き受けたのだろうか。
私は、終戦(1945年8月15日)の直前に陸軍大臣となったようなものだと思う。終戦後の日本再興に寄与できただろうに、それを捨て、極東軍事裁判でA級戦犯となり監獄入りすることを自ら選択したに等しい。
植田氏は、かつて日銀審議委員を務めていたが、そもそも経済学者、東大の先生だ。しょせんは机上の学問で、日銀マンのように実務を経験していたわけではない。結果、学者の純粋さで、金融市場の怖さを甘く見てしまったのではなかろうか。かわいそうに、と思ってしまう。
植田氏が仕事も始めてもおらず、力量さえわからない時点で、なぜ、これほどまでネガティブなことを書くのだと怒る方もいらっしゃるだろう。
植田氏が、優秀な学者だということは十分存じ上げているし、平時の日銀なら素晴らしい運営をされうる実力者だと私も思う。しかし、日銀の現状は誰が日銀になったから大丈夫だとか、駄目だ、とかの次元を超えてしまっている。
誰が総裁になっても出口はないのだ。
Source From Taken: https://president.jp/articles/-/66766?page=4